20060331[Fri]  大正の和洋折衷っぷりは好きなんだけど
明日はエイプリルフールですけど、予告しておきますが当サイト何もいたしませんぞ。
昨年はまあ、ちょっと遊び心を働かせましたが、週末だと更新できないし・・・何日もそのまま放置しておくのは時期を逃した感ではずかしいので。

明日は家族で靖国神社に行ってきます。一応お花見という名目はありますが、それよりも渦中の神社のほうにみんな興味津々(笑 あ、でも批判されてるのって神社よりも記念館とかなんとかだよね。そんなに軍国主義なのかしらん。
でもあれですよね、「彼らがあるから今の日本が〜〜」っていうのはその通りだと思うんだけど、それなら政府にたてついた人もいれてほしいよね。そもそもは志士のため、っつっても幕臣だってがんばったよ。つまりあれって勝海舟とか入ってないんだよね?西郷どんだって江藤新平だってかわいそうじゃない!100年以上経ってるんだし・・・かわいそうじゃない・・・。
でも小学生の頃からこの時代になると教科書が薩長一色になるのにうんざりしてたクチで、今でもなんか薩長は好きになれません。何さ新時代気取っちゃって!そもそもここらへんからはもう「歴史」というより「出来事」って感じがして、熱がなくなってくるんだよね・・・時代が近すぎて・・・。明治大正になると、文化は愛せるけど歴史にはほとんど興味わきません。ギリギリちょんまげまでよ、歴史は。ざんぎりだともうだめ。教科書の人物写真が似合わないスーツになってくるのが嫌で嫌で・・・。



コメント

当時は首相が靖国に参拝するかどうかでずいぶん揉めていましたね。
小泉さん、なんで行ってしまったのだろう。

古い記事ですが山口生まれからの意見を聞いてください。
根底の考えがあまりにも違うと意思の疎通さえ困難になります。
ここを読んだ時、そう感じました。
西郷隆盛は自分の尊敬する人の一人(代表的日本人から)ですし
薩長が天皇制ファシズムの根源として悪役のように扱われるのをたびたび目にする身として
明治以後の教科書が薩長一色になることもありえないことと思います。
フィクションの世界で明治政府と言えば悪の親玉、帝国主義。
時代劇の中で幕府と言えば吉宗公に水戸黄門。
靖国に詳しくありませんが
新政府に反対していたから奉られていないとどうして考えるのでしょう。

様々な本やニュース、新聞に接していると佐幕派を扱うものは多いと感じます。
討幕中心で描かれるドキュメントやフィクションより
新撰組や佐幕派を主人公とした物語の方がよほど多いのは間違いのないところです。
あなたには自然なことでしょうから気に留めないのでしょう。
でもだから気付きにくい部分もあるのではないですか。

戊辰戦争での会津との遺恨は未に残りながら(この戦いで会津を苦しめたことは事実)
幕末十数万の軍勢で長州へ2回攻め入った幕府を覚えている人は殆どいません。
この幕府軍には会津の軍勢がいました。
後の西南戦争では薩摩との戦いに政府軍として加わっていました。
この戦いは圧制者としての明治政府に反体制の雄として薩摩が抵抗したと捉えるものですが
戊辰戦争での被害を訴えていた人々はどこへ行ったのでしょう。
また他の一般人、メディア、地域団体もさして関心を持たれないのはどうしてでしょうか。
関が原の戦いでは西軍の総大将は毛利氏(後の長州藩主)でしたが
戊辰戦争と違うところはどこでしょうか。
反対に島原のキリシタンを弾圧した幕府は批判されます。
同じ戦争である側は批判され、ある側は犠牲者とされる違いは何でしょう。
なぜある出来事は幾たびも思い起こされ、ある出来事は小さいことのように扱われるのでしょう。

必要に応じて新しい言葉が生み出され使われ消えていくように
歴史も時代ごとにある部分が思い出され言及され、ある部分が忘れ去られ、気に入った部分を組み立てて歴史を観る。
歴史観はそのように変わっていくのだと思います。
それも全体の考えと言うより、その時代に力を持った人たちに好ましいように
ある出来事は大きくなりある出来事は小さくなる。そうではないでしょうか。
数十年前まで江戸時代は厳しく時代遅れの封建社会としてみなす風潮が主流でした。
維新を正当化するため、もしくは日本史を遅れた文明とみなす需要に応じたものから来たのだと思います。

歴史観の相違は事実の捉え方より知っていることの少なさから来るものですよ。
空気読まずに長文失礼しました。

2008.02.12 04:47: | URL | 原田  [ 編集]


はじめまして。
まず、故意ではなかったといえ原田さんに不快な思いをさせてしまったことはお詫びしたいと思います。

しかし靖国神社が新政府にたてついた者を祀っていない、というのは根拠なしに言ったことではありませんよ。
かの神社はそもそも「天皇・朝廷・政府側の立場で命を捧げた『英霊』」たちのためにつくられた神社で、明治維新の功労者でも西郷さんや江藤新平などのその後反乱を起こした人々は祀られていないのです。

個人的に歴史が大好きなので、幕府の第一次第二次長州征伐も当然知っていますし、それらの行為が逆に幕府への反感を生む結果になった、というのも知っているつもりです。

ただ何故私がいまだ薩長にごく単純な反感を抱いているかといえば、純粋に私が江戸時代が大好きだからです。私の大好きな江戸時代を終わらせたてしまった、250年も続いた侍の世に終焉をもたらした…本当に子どもじみたことではありますがそれが正直なところです。
また、私がとても判官びいきだということも大きな要因です。率直に申し上げて、やはり負けてしまった側が可哀想なのです。侍好きとしてはその後の御家人旗本たちの零落を思えば、なおさら。

しかし私がこんなにも軽く薩長への「反感」を語られるのはそれらの出来事が私にとっては遠い昔であり、完全な「フィクション」の世界であるからなのです。
その後の日本の台頭が明治維新あってのものだということも十分に理解しています。
鹿児島や山口に偏見をもったり、出身の方々に敵意をもったりということも絶対にありません。これは断言ができます。
あくまで私の中ではすでに明治維新自体がたとえば大化の改新や本能寺の変のよに全くの「絵空事」であり、良識が警告することなくそれらの史実を「イジれる」というところに端を発しているのです。

元来私は地元意識が希薄というか郷土愛のようなものをあまり実感として理解できない、というのもあってこのように無責任に軽い気持ちで発言してしまったのです。

しかし自分がどうあれ、原田さんのように心から嫌な思いをする方がいるというのを個人的な意識の希薄さから失念していました。それは本当に申し訳ないと思っています。

でも一つだけ申し上げさせていただくと、世間の新撰組人気や幕府への同情にかなり不愉快な思いをされているようですが、私と同じくみな軽い気持ちであって真剣に山口悪い!最低だ!と思っている人などきっと少ないと思いますよ。
義経に対する同情と同じで、この際彼に政治的平衡感覚がなかったとかそういうことは一切不問に付されているのです。純粋に、演劇を楽しむような気持ちで「悲劇」を楽しんでいるにすぎないのです。それだけは山口への想いから少し離れて、もう少し自由な気持ちでわかっていただきたいなと思っています…。

重ね重ね、このたびは失礼をいたしました。
2008.02.12 18:00: | URL | 夕乃  [ 編集]

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